私たちの中学時代は「無気力」「無関心」「無責任」の三無主義

と言う言葉で表されていました。

学校の先生からそういう私たちをなじられたこともありました。

「そんなこと言ったって~私には関係ないし。第一私三無主義じゃないから」

と心の中で思ってましたね。

もうそこからして、無関心だし、無責任です。

じゃぁ!!と立ち上がることもしなかった私は無気力でもあったのでしょう。

やる気を引き出し、元気な私たちになってもらおうと

親心でお話し下さったのかもしれない先生の言葉も「糠に釘」。

でも、その時の情景は心の中に残っていて

時々フラッシュバックのように思い出します。

それだけそのお話は私にとってインパクトがあったということなんでしょうか。

無気力では何もなす力が湧いてこない。

うつむいた状態で前を向くこともできない。

無関心では自分の興味があることだけに関心があり、自分の興味以外のことには無関心。

これでは世の中の動きにうとくなってしまいます。

どこか世間から隔離されたような世界で生きている感じです。

無責任では社会の一員として生まれてきた、

この時代を担う役割の一分子として生きている役目を

果たせないことになってしまいます。

大きな影響力も力もない私ですが、それでも歯車の一つとして

欠かすことのできない存在として今もこの人生を生きているんです。

私の出来る事は何だろう?

私の果たすべきことは何だろう?

今年もずっとその問いの答えを求め続けて手帳と向き合っていきます。

===今日の発見===
問題提起はすでになされていたんだね。
それにいつ気が付くか・・・
それが今だったのか。
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