ベビーカーに3才くらいの女の子を連れたお母さんが目の前に座っています。

とてもハイセンスでファッショナブル。

女の子も指輪をしてもらいムートンのブーツを履いています。

女の子はとてもおしゃべりでずっと何かをしゃべっています。

お母さんも相手はしているのですが、視線はずっと携帯を見たまんま。

そして常に口にお菓子を放り込んでいる。

子供から何かを質問されたときは女の子の方を見て答えています。

「今時のお母さんは子供と携帯どっちが大事やねん」

「うるさくて迷惑感じてる人がいるのわからんのか」

「自分のことしか眼中にないあんたは母親失格」

「子供がずっとおしゃべりしている理由がわからんのか?」

「もっと私を見てって言うサインだって気がつかんのか?」

そんな言葉や想いがずっと心の中に充満していました。

駅に着き電車を降りると、その親子は私の目の前からいなくなります。

すると私の心の中には先ほどとは全く違うつぶやきが・・・

「私は何をぶつぶつと思っていたんだろう」

「あの親子の何を知っているんだろう?」

「あれはあの親子の全部だったんだろうか?」

たまたまだったのかもしれない。

他の日は全く違う様子なのかもしれない。

人は一部だけを見て全部を知った気になってしまいやすいものです。

私の見たことは総てなのか?

と問いかける冷静さを持ちたいと思いました。

===今日の発見===
1を知って10を知る。
のと
1を知って全部を知った気になることは違うよね。
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