電車の中や、町の中で
ちょっと近寄りたくないな。
と思う人に出会う時があります。

なんだかその人が発しているオーラと言うのでしょうか。

そのオーラの中に入ってしまうと、
巻き込まれてとんでもないことになりそうで
予測不能。
だから物理的に近寄りたくない。

今までの私ならそうでした。
遠巻きにするか、電車の中なら車両を変えるか。
自分の身の安全を第一優先していました。
イエ、当然そうした方がいいと思いますが・・・
そうしたくても、そう出来ないときがあります。

つい5日ほど前、友達と電車に乗った時のこと。
たまたま2席ぶん空いているシートがありましたが
座っている人の荷物が大量に1席分占領していました。

友達は「すみません」と言って空いていた席に座ります。
その方は、めんどくさそうに大量の荷物を
自分の膝の上に集めたので、私は仕方なくその隣に座りました。

友達は声が大きくて、私は少しハラハラしていました。
案の定隣の人がブツブツ言いだしたのです。

何やら怒っているような感じ、
心の中の声が漏れているような感じです。

私は少し斜めに友人の方に体を向けて
その人を直接見ないようにしていました。

初めは小さかった声が少しづつ大きくなってきます。
もう、私の背中は緊張状態です。
そんな私の気持ちを知らず友人は相変わらず大きな声でしゃべります。

乗り換えの駅が来て、ほっとしたのもつかの間
ブツブツ言っていた人も乗り換える様子。
「どうしよう」と私は心の中で焦ります。

するとその人は私たちが乗ろうとした隣の車両に向かいます。
私は安堵し、いっぺんに心の緊張から解放されました。

この話を別の友人に話したら
「それに対してどう思ったの?」と尋ねられたので
考えてみました。

私にとっては座りたくなかった場所でしたが
友人と一緒なので座らざるを得なかった。
友人は頓着しない様子でしたが、
ブツブツ小言を言う人に対して私は全神経がピリピリしている。

そんな状態でしたが、ぶつぶつ言うのはその人の問題で
私の問題ではないと心の中で境界線を引きました。
そうすることで、相手の感情に飲み込まれないようにしたのです。

その人は友人の声のおっきさに苛立っているのだと思いましたが
そう思っているのは私で、ぶつぶつ言う人に確かめたわけではないから
相手の心の中は分からない。

むやみに不安を膨らませず、平常心になり辛い状況でしたが
平常心を意識して、深呼吸を心がけたこと。

そんなことが出来るようになってた私がいることを発見したんです。
亀の甲より年の功と言いますが
まさにそんな感じなのでしょうか。

人の心、私の心
それらが複雑に絡まりあって
人生は織り成されていきます。

いい方向に進むときもあれば
悪く転がっていくときもある。

原因があるとすれば
それは私の心が
事実を見ていたのか
妄想を膨らませていたのか・・・

その時どうだったか
ということなんだと感じました。

===今日の発見=== 
あまりしたくない経験ですが
そんな経験から学ぶこともありました。
むやみに自分の中の恐怖や不安を大きくしない。
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