「いい人生を送りたい。」
誰もがそう願っていると思います。

でもいい人生を生きていると思っていても
死ぬ時に後悔をするとも聞いたことがあります。

それはどんなことで後悔するのでしょう。

煙草を止めておけばよかった・・・
もっと人と仲良くしておけばよかった
「ありがとう」と伝えたかった・・・

色んな後悔があるそうですが果たして私はどんな後悔をするんだろう?
出来るだけ後悔の残らない人生を生きたいと願ているのですが・・・

後悔を少なくするヒントをくれるのがマンダラ思考です。

マンダラ思考の中で一番好きな話は何?
と問われたら、
「貪瞋痴(とんじんち)」と答えます。

貪(とん)とはむさぼる心、あらゆるものを自分のものにしたくなる心
瞋(じん)とは怒る心、不快を感じた時自分の不快を外に出す心
痴(ち)とは愚かな心、物事の道理が分からず自己弁護したり、分かったつもりになること。

マンダラ思考を知った時、まるで宇宙語のように感じた話の中で
唯一すぐに理解することが出来た言葉でした。

仏教では心の三毒と言われています。
この3つが心の中にあると人生は上手くいかない仕組みになっている。

「あー私の中にもあるある」

貪のむさぼる心は、例えばお金が欲しい。美味しいものが食べたい。
良い暮らしがしたい。大きな家に住みたい。ブランド品がほしい。
等々、際限なく膨らむ思いです。

私にもそういう時代がありました。
私の場合は着る欲です。
おしゃれがしたくて、クレジットで随分散財しました。

それらの服を着て出かける時は気分が高揚しているのですが
家に帰ってくるとむなしくなる。
その服を脱ぎたくないんです。

何せお姫様願望がありましたからね。
自分が人の中で一番目立ってなくちゃ我慢がならない(笑)
今なら笑えますが、たぶんその頃の顔は笑顔でも高慢だったと思います。

瞋の怒る心、不快を感じた時自分の不快を外に出す心
この心は自分も不快だけれども自分の怒りの爆発で人も周りも
さらに不快な状況を作ってしまう。

子供時代の実家はまさに不快だらけの家族でした。
不快の連鎖がひどくて、誰も収集することが出来ない。
その原因を父一人に負わせていた気がします。
父、母、兄、私、それぞれが不快を止めることが出来なかったのでした。

極端に言えば「今」の中にある不快にしか反応できなかった。
自分の中にある「快」に生きれない不満が爆発してしまうのです。

そりゃ、家にいるのが嫌になっちゃいます。
家の中は身構えるもの。
そんな習性が身に付いてしまったのはこの家庭環境からでした。

痴とは愚痴る心、物事の道理が分からず自己弁護したり、自分流の解釈をしたりすること。

人は誰でも・・・とは言いませんが、自分を守らないと生きていけません。
自分は正しい、自分は間違っていない。
そう思う心がどこかにはあります。
他人から認められたい。ほめてもらいたい。
そういう心もあるでしょう。

そういう気持ちが満たされないとき、愚痴ります。
愚痴を言ったからと言って満たされるわけではないのに
外に出すことで、誰かに構ってもらうことで満たされた気持ちになるのです。
それって愚かな行為だということに気が付けない。

瞋も痴も元をたどればこの貪が出所になります。
貪る心が悪いのではなく、発露させ方が違っている。
自分で得たものを分け与える「布施の心」に変えればいいのです。
そういう欲の使い方をすれば人生は善くなります。

瞋の怒りの心は、自分のことばかり考えている心です。
それを相手を「受け入れる心」に変えていけばいいのです。
自分に理想があるように、自分に気持ちがあるように
人にも理想があり気持ちがあることを理解すればいいのです。

愚痴は言いたくなる気持ちはわかります。
でもそれを吐き出したところで自分の状況は変わらない。
ということに「気が付く」ことです。

人との関わりの中で愚痴は出てきます。
人と自分を比べる気持ちが愚痴になります。
極端に自分を卑下する気持ちも愚痴になって出てきます。

自分の口からどんな言葉が出ているのかに気付くこと。
これが愚痴を改善する方法です。

自分の中にこの3つの心はありましたか?
もし見つけたなら「マンダラ手帳とマンダラ思考」の本を読むことを
お勧めします。
マンダラ思考はよい人生を生きるための生き方を教えてくれます。

===今日の発見=== 
私の人生前半はまさにこの3つに支配されていた!!
最悪の人生の始まりだと思っていたけれども
それがあったからこそ多くの気づきや発見がありました。
今はこんな人生に感謝です。
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