お正月には花を活けます。
花を見ながら、花に触れながら思いました。

花は咲きたいから咲く。
「咲け!」と命令されたから咲くのではなく
咲く時期が来たから咲くだけ。

至ってシンプルで自由。

庭を見てそこにやってくるスズメを見て思いました。
鳥は飛びたいから飛び、休みたいから休み、
食べたいから食べる。

ごくごく自然に。
頭でゴチャゴチャ考えずに気持ちのままに行動しています。

鳥たちもまたシンプルで自由です。

自分のことを振り返って見ました。
私の人生は不自由さを感じるところからスタートしました。
その不自由さは人との関わりの中で感じてきたものです。

私はいつも他人の気持ちを勝手に考えて・・・
今はやりの言葉で表現するなら「忖度」し続けて
生きていたのだと思います。

他人の私を見る目を気にし、
他人の言葉に怯え、縮こまって生きてきたんだな。

人の目を気にし、言葉に怯え、縮こまるしか
人は生きられない物だと思い(自分の生き方しかわからないから)
私の人生はそんなものと受け止めることしかできませんでした。

でも他人て自分で思っているほど私のことを見ていないし、
私が思っているほど私のことについてあれこれと考えてはいない。

そう知った時、心が軽くなった気がしました。

自意識過剰な性格が人生の始まりだったということでしょう。
私をがんじがらめにしてきたものがあったからこそ
私は今こうして自分の心にねじれがあったことを知ることが出来ました。

その心のねじれはマンダラ思考で言うところの煩悩。
私を苦しめてきた原因は実は私自身の心だったということです。

本来人は自然と接しながら生きています。
花や鳥たちと同じです。

違うところがあるとしたら煩悩を持っているか
持っていないかだけのような気がします。

人は進化の過程で煩悩も発達させちゃったのかな?

じゃあ煩悩を失くしちゃえば・・・と思うけれども、
これは人が人として生きる為になくてはならないエネルギー。

原動力となるものだから大切にしなければいけないのです。
煩悩と言う形で自分を苦しみ、悩ませる力として使うのではなく、
苦しみ、悩みの中から本当の自分の願いを引き出すことが出来た時、
煩悩は本来の力を発揮するようになるのです。

不自由に感じ、縮こまっていた人生から解放されて自由になれる。
人生が終わりきる前に、煩悩のカラクリを知れてよかった。
マンダラ手帳に出会わなければマンダラ思考を知ることもなかったでしょう。

誰も教えてくれなかった「豊かな人生を生きる」方法も知らずに終わったでしょう。
煩悩のカラクリを知ったからと言って、
悩みや苦しみが即なくなる訳ではありません。

それでも悩んだ時や苦しんだ時に
その気持ちにどう向き合えばいいのかを知れただけでも
私の人生は変わったということになります。

悩みや苦しみの中に「本当の願い」があること。
自分を苦しめるエネルギーとして使っているのは自分。
それに気づく人を増やしたいな。

なぜ人は苦しむのか、悩むのか。
それは「本当の願い」を見つけるためのサインです。

私は悩み、苦しみというサインの中から願いを見つけました。
それがサインだと知ることがなければ
見つけることが出来なかった心の奥深くにある願い。

何度でも言います。
自分を縛っているものの正体は自分の心=煩悩です。

===今日の発見=== 
見つけたての本当の願いは儚い。
それをより確かなもの、くっきりはっきりしたものに
していく作業が「毎日続ける」ということ。
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