主人の母のところに集まったお正月。

主人の弟と、我が家の息子、娘、私たち夫婦が
久しぶりに集合して、にぎやかに楽しいお正月を迎えました。

昨年の12月に義母は今まで住んでいた家から高齢者マンションに移り、
荷物も運びきれていない中、
床にレジャーシートを敷いてピクニック気分で
お料理を広げました。

床に直に座れない義母は椅子に座っているので料理が取りにくい。
それを甲斐甲斐しくお世話する息子と娘。

二人ともそれぞれに自分のできることでおばあちゃんのために動いている姿を見て
ほほえましかった。

良いお正月でした。

人のために自分のできることをする。
それは何も大きなことでなくてOK。
ささやかなことで十分。

義母にとっては孫と一緒にお正月を過ごすことで
取りにくいお料理をさらに取り分けてもらうことが、
他愛もない会話でみんなと過ごせる限りある時間を過ごすことが。
とても貴重な時間だったと思います。

何の見返りも求めない関係。
これこそが良い人生を歩んでいく極意!!

家族ってそんな関係づくりを学ぶ場なのではないかしら。
ふと思いました。

何かをした時、見返りを求めてしまうのが人。
自分はしてあげたのに、相手は何もしてくれない。
そう思う心が見返りを求める心。

初めは見返りを求めなくてやったことでも
「ありがとう」「助かった」「今度もお願い」
そんなことを言われ続けるうちに
見返りがあることが当たり前になってしまう感覚。

私はしてあげたのに・・・私はいつもやっているのに・・・

こうなる感覚が人生をダウンさせてしまうことになります。

どこまでも純粋に、どこまでも人のためにできることをする。
決してその相手から見返りを求めない。

それを貫き通した時、思わぬ方向から還ってくるのです。
「果報は寝て待て」と言いますが
「果報は忘れたころにやってくる」と言うのが本当かもしれません。

相手のためにやったことで見返りが返ってこない。
そんな不満を感じた時、思ったとき、
見返りを求めていた自分に気付くチャンスです。

善い人生にギヤを入れ替えるチャンスです。

本当はどうだったらよかったのか。
本当はどうしたかったのか。

そう問い直してみましょう。
人生を善くする道を選んでいきましょう。
どう生きたいかは自分の心が
もうすでに知っています。

===今日の発見=== 
私ができること
それは運転手になることで
安全に送り迎えをすることでした。
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