杖代わりの小さなキャリーに支えられて
ゆっくりと電車に乗ってこられたおばあさん。

すでに車内のシートは満席状態。
その時、出入り口に近いシートの端に座っていた初老の男性が席を譲ります。
私は立って見ていたのでほっとしました。

そこから数駅停車するごとに社内は人で一杯になり、
おばあさんの姿は視界から消えました。

さらに電車に揺られること15分あまり、
分岐の駅で降りる乗客の最後のほうにおばあさんの姿がありました。

ゆっくりの自分は一番最後に降りようと思ったのでしょう。
ただ見ているだけの私はいつ扉が閉まってしまうかと
ハラハラしながら見守りました。

おばあさんが座っていた席の前はリュックを背負った若い女性が立っていました。
その女性が1,2歩後ろに体を下げたら
おばあさんはその女性の前を通って最短で出口に向かえたはず。

そう思った私は、その女性の気の利かなさに内心腹立ちを覚えました。
「おばあさんが立ち上がるのは分かったはず。
ならどうしておばあさんに気遣ってあげないんだろう」
「頑として自分の立っている場所を動かないってどういう神経しているんだろう」
その女性を非難する言葉を心の中でつぶやいていました。

でも、よくよく考えてみると、気が利いてないのは私も同じ。
ただ突っ立っているだけで、
おばあさんの動きをハラハラしながら見ていただけなんですから・・・

自分は動かないで傍観していただけなのに、
動かない若い女性がこうしたら、ああしたらと
人の行動を変えることしか考えていなかった。

あの状況で私にできたことはなかったんだろうか?
と考えてみた時、いくつかの行動できることが思い浮かんできました。

一つ目はおばあさんが席を譲られた時、私がその前に立つことはできたはず。
そうすれば、おばあさんの気配を察知して通路の確保をして差し上げることは
出来たはず。

もう一つはおばあさんが下りるまで私がホームに立って、
車掌さんに降りる人がいる気配を姿で知らせることが出来たはず。

おばあさんが降車するまで扉が閉まらなかったからよかった。
おばあさんの後ろにまだ一人若い男性が慌てて降りようとしていたけれども
おばあさんが降りるのを後ろから待っていた。
きっとこの男性も気が気じゃなかっただろうと思います。

おばあさんに席を譲った男性以外は誰もこのおばあさんのことを
私も含め気遣うことがなかった。

なんだかそんな自分が恥ずかしくなりました。

===今日の発見=== 
このおばあさんから学んだことはたくさんある。
おばあさんありがとう。
出会えたことに感謝
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