「どんな生き方をしてきたか何にも話してくれなかったからな」

兄と会った時、二人でそう話してうなずき合いました。

今思い返すと、母は変化を受け入れる柔軟性。

物を捨てていく潔さ。

生きることを最後まであきらめなかった心の強さ。

そういうものを兼ね備えていた人でした。

叔母(母の妹)から、私が生まれる前の話を聞いたとき、

全く知らなかった母の姿がありました。

母と一緒に暮らしていたころは、「私の生き方に干渉するうるさい母だな」

と思っていました。

まぁ、親だから子供が心配でそうなるのでしょうが、干渉されるのが煩わしかった私は

心理的にも物理的にも距離を取ってあまり関わらないようにしてきました。

6人兄妹の下から3番目だった。お兄さんが東京の大学へ行くことになり、

お父さん(私の祖父)と二人で樺太に残ったこと。

戦争の激化と共に東京へそして三重県へ疎開したこと。

そこで父と結婚したこと。等々、いろんなことがあった人生でした。

私には想像もできない人生です。

母が身に付けていたものの中で一番びっくりしたのは

「人生の計画を立てるのが上手かったよ。

その通りの人生だったよ」と叔母から聞いたことです。

腰が抜けるかと思いました。

「え!そうだったの?」

私の手帳好きは父から、

人生の計画創り好きはなんと母から受け継いだものだったんだ!!

目の前にとても良いお師匠さんがいたのに気付かなかった・・・

===今日の発見===
後悔先にただず。
後の祭り。
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