多彩な人、才能にあふれる人に出会うとジェラシーを感じる。

自分にはそんな多彩さ、才能はないと思っているからです。

人は自分にないと思っているものに焦がれます。

私はジェラシーなんか感じていないと思ってきました。

でもなぜかわからないけれども心がざわざわする。

何かとその人の欠点を見つけてほんのちょっとの部分で優位を感じて、

気を静めるという小賢しいことをしてきました。

まぁ、なんて器の小さな私だったんでしょうか。

こう言うのを“井の中の蛙”と言うのでしょうね。

どこからジェラシーなんて気持ちが生まれてきたのでしょう。

昔、よく言われたのが器用貧乏。

さほど苦労せずしていろんなことをこなせてしまう性格。

高校生くらいまではそれが通用していましたが、

大学に入るともう、そこからは実力の世界。

器用貧乏はどんどん追い越されていきました。

ラストと言うところであっという間に後方へ・・・・

その私が、器用貧乏の次に繰り出したのが

自分のものさしで人を見るという技。

もうね、人にダメ出しばかりしていました。

自分のことは棚に上げて・・・

それで身に付いたものがあるとしたら、それは自分の基準で人を見るという見方です。

「自分の敵は自分」ではなくて、「自分の敵は他人」の目線での生き方でした。

だって自分が変わるより、人を変えたほうが簡単だと思っていましたから。

本気でそう思っていたんですから。

===今日の発見===
1つの方法で上手くいかなかったら
次々に新しい方法を考える。
それは間違っていませんが
私がやっていたのは、方向違いの
新しいやり方でした。
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